2025年2月28日金曜日

Happy loser(幸せな負け組)

 

スポーツやゲームにおいて、勝ち負けはなくてはならないもの。

それぞれが勝利のために努力し、本番で出せるすべての力を出し切って勝利し、その喜びをオーディエンスと共に分かち合う。それはとてもいいことだと思います。

 

 でも、勝敗を決めなくてもいいことに勝ち負けを決めてしまっている人もいるような気がします。

 よく人生の勝ち組だとか負け組だとか言ってる人もいますが、それに僕は最近疑問を抱いています。

 仮に、人生に勝敗があったとしても、それで負けていることが事実だったとしても、それって不幸なことかというと、決してそうとは限らないと言うことに気がついたんです。

 この記事のタイトルのHappy loser(幸せな負け組)とはつい最近思いついた言葉です。

 学歴が低くても、収入が少なくても、考え方次第で幸せに思えることはきっとあります。

 いや、むしろ、敗北を経験してないと小さな幸せを見失ってしまいます。

勝たなくても、負けっぱなしでも、ほんのちょっとした幸せに、とても嬉しい気持ちが湧き上がってくるような心を持つべきなんだと思うんですよね。

2025年2月21日金曜日

音に対する感覚

  発達障害の人に多く見られる症状の一つに、感覚過敏というものがある。

味覚、聴覚、視覚など、それらに対して強い刺激が苦手なことだ。

 特に聴覚に関する刺激に弱い、苦手という発達障害者は結構いる。僕もその一人だ。

 

 今でもそうだが、僕は人の怒ったような声や人が怒られている場面がとても苦手で、子供の頃はこれが原因でパニックを起こして暴れまわっていた。僕が学校が嫌いだった理由はこれだった。

 タレントで発達障害を持つ栗原類さんはインタビューで子供の頃、音楽の授業が苦手だったという話をしている。 栗原さんは僕と同じく大きな音が苦手だそうで、音楽の授業でみんなが怒鳴るように歌う状況に耐えられず、教室を飛び出してしまうこともあったそうだ。

 

 今僕が働いている工場では、常に機械の作動する騒音がするが、この騒音に対して僕はその音は苦手という感じではない。むしろ、この騒音のおかげて人の声がかき消されるので、機械の騒音が心地よく感じることもある。

 

 発達障害の人の感覚過敏というのは非常に曖昧なもので、 苦手と思う状況とそうでない状況があることがあまり理解されていないような気がする。普通の人にはわからないこだわりみたいなものである。

 発達障害に対して誤解されないためにも、発達障害者が具体的に「こういうのが苦手だけど、これは大丈夫。」と自分の特性を周りの人に説明することができれば、その人にとってベストな状況を維持できると思うんですよね。

2025年2月14日金曜日

バレンタインデーなので、愛について考えてみる。

 

 今日はバレンタインデー。日本では好きな人にチョコレートを渡すというのが定着していますが、最近ではその考え方は古いようで、自分のためにチョコレートを買うという人もいるそうな。

 

 でも、僕はここ近年このバレンタインデーについて疑問がずっとあるんですよね。

 単刀直入にいいますが、「バレンタインデーで重要なのは、いかに良いチョコレートを手に入れるかではなく、どれだけ人を愛せるか。」ということをずっと思っているんですよね。

 

 以前の記事でも愛について僕なりの考察を書きましたが、今回はもうちょっと愛について考えてみようと思います。

 

 以前、僕はこの国は愛に飢えていると言いましたが、日本人はその割には恋人や恋愛というものにはやけに拘っているという曖昧な民族だなと思うんですよね。

 

 前にも話しましたが、好きなものが同じだからといって仲良くなれるとは限らない、むしろ仲が悪くなる方が多いという結論から言うと、世界的に見ても多くの日本人が勘違いして人間関係がうまくいかないのは、仲良くなる基準を間違えているからだと思うんですよね。

 僕がこれで思うのは日本人の大半は違いを受け入れる勇気が足りないのかな、ということです。

 昔からお見合いというもののあれば、最近はスマートフォンのアプリでマッチングをして恋人を探すというものも現れていますが、いずれにしろ昔から日本は間違った愛の築き方をしているような気がするんですよね。 日本が島国なゆえに昔から閉鎖的な思考に陥りがちなのは仕方がないんでしょうね。

 

 話はちょっと変わりますが、愛について深い思考を持っていた偉人は沢山います。

マザー・テレサ、キング牧師、そして社会心理学者のエーリッヒ・フロム。彼らの考える愛は若干の違いはあるものの、愛の本質を見抜いているという共通点があるんですよね。

 

 話を戻すと、日本人は恋愛には興味があるが、本当の愛の本質を知らない人が多いということ。

 「じゃああんたは愛の本質を知ってんのか?」と僕に対して疑問を持つ方もいるでしょう。

 率直に申し上げますが、僕は知りません。しかし、僕が思うに、愛の本質なんて答えになるゴールは存在しないけど、それを追求することに意味があるということ。そう、愛に到達点なんてないんです。ずっと追いかけ続けるものなんです。僕は今の仕事で本当の愛の本質を学んでいる真っ最中です。学ぶことに最果てがないように、愛を追い求める先にゴールなんてないんです。

 

 愛って大切だな。

2025年2月10日月曜日

僕の脅迫的不安

 僕には一つ悩みがある。

 

それは「脅迫的不安」 を患っていることだ。

具体的に説明すると、「家の鍵ちゃんと閉めたかな。」とか「エアコンの電源消したかな。」とか「家が火事になったらどうしよう。」とか色んな不安が次から次へと心に出てくることだ。

ある程度、「大丈夫だよ」と自分に言い聞かせることはできるのだが、たまに不安概念が苦しくて家族や周りの人を巻き込んでしまうことがあるのが、悩みなのである。

 

思い返してみると、これは最近あったっことではなく、子供の頃からそういった脅迫的不安が募ることはよくあったような気がします。 

一番ひどいときは、不安が出まくってほぼ毎日病院に通っていたときもありました。

 

最近はある程度不安をコントロールすることはできるようになった気がします。

とにかく楽観的に、おおらかな気持ちを持つことが不安を克服する方法だと思って、その思いを忘れないようにしています。

 

「楽観的になりましょう。気分が良くなりますよ。」

「どうにかなるよ。絶対大丈夫。」

2025年2月3日月曜日

おいしいコーヒーと社会貢献

  ふと思ったんですよね。コンビニで挽きたて淹れたてのコーヒー飲んでたら。

 

 高いコーヒーはそれなりに美味しさを追求したコーヒーなので、缶やペットボトルに入っているコーヒーより格別にうまいということに気がついたこの頃。

 でも、そういうコーヒーは高い。そのためには一生懸命社会のために働いて稼ぐ。

 おいしいコーヒーが社会を明るくする可能性があるというかもしれないと思ったこの頃。

2025年1月26日日曜日

イチロー選手から学ぶ「努力する習慣」

 

努力せずに何かできるようになる人のことを「天才」というのなら、僕はそうじゃない。

努力した結果、何かができるようになる人のことを「天才」というのなら、僕はそうだと思う。

人が僕のことを、努力もせずに打てるんだと思うなら、それは間違いです。


- イチロー -


つい最近アメリカの野球殿堂入りを成し遂げたイチロー選手。日米通算3000本安打という記録を持つ世界的にも有名な野球選手だ。

 今回は、そんなイチロー選手の生き方や名言から色々と学んできたいと思います。


 イチロー選手はこれまで様々な名言を残しており、その言葉は野球に限らず、あらゆる社会において重要な意味を宿しています。

 まず、イチロー選手について有名な話があります。それはイチロー選手は毎日同じカレーを食べ続けているというもの。

 それ以外にも野球で必要な道具にも強いこだわりがあったり、スタジアムに入る段取りまでこだわっているといわれています。

 公表はしてませんが、このことからイチロー選手は発達障害なのではないかという考察が多く意見されてるそうです。

 もし、発達障害じゃなくても、イチロー選手は野球を通じて努力することの意味を教えてくれる存在だと僕は思うんですよね。


 僕の場合、ここ最近ほぼ毎日のペースで落書き程度の絵を描いてそれをXやPixiv、DeviantArtなどに投稿するというルーティンが出来上がっています。

 そのせいか、比較的似たようなイラストを毎日投稿してしまい、一度ですがフォロワーさんに「似たような絵を毎日投稿するのはよくない」と指摘されて、「しまった!」と思ったことがあるんですよね。でも、それでもそのルーティンを壊すことが出来ず結局まだ似たようなイラストを描いている状態です。

 

 「自分のしたことに人が評価を下す、それは自由ですけれども、それによって、自分が惑わされたくないのです。」

 「第三者の評価を意識した生き方はしたくない。

  自分が納得した生き方をしたい。」


 僕が絵を描く際にも意識しているのが上のイチロー選手の言葉です。

実際のところ、僕の投稿したイラストに評価が下されることはほとんどないのですが、仮にそうだったとしても、それは気にせず、自分の描きたいものを描く、ということはある程度意識してます。


「同じ練習をしていても、何を感じながらやっているかで、ぜんぜん結果は違ってくるわけです。」

「考える労力を惜しむと、前に進むことを止めてしまうことになります。」


 イチロー選手は稀代の努力家だといえます。しかし、彼は努力ともうひとつ必要なものを知っていたんだと思うんですよ。それが「考える力=想像力」だと思うんです。

 努力することは大切ですが、なにを意識して努力するかでその努力による夢が実現する。ということをイチロー選手は伝えたかったんだと思います。


以下の考察を簡単にまとめると、

・努力するためにはルーティンを持つこと。

・他人の評価ではなく、自分が納得する結果を目指すこと。

・努力には想像力が必要だということ。


イチロー選手が野球を通してみんなに伝えたかったことはこういうことなんじゃないのかな、と思いました。

2025年1月21日火曜日

アインシュタインの名言から考える「天才とは…」

 

The difference between genius and stupidity is that genius has its limits.


 愚者と天才の違いといえば、天才には限度があるということだ。


- Albert Einstein(アインシュタイン) -


 相対性理論で物理学の常識を変えた物理学者アルベルト・アインシュタイン。ノーベル物理学賞を受賞し、20世紀最大の天才と呼ばれた人物だ。

 また、非常に哲学的な発想で様々な名言や格言を残している。上に記した名言はその中のひとつである。

 今回は数あるアインシュタインの言葉の一つである上記の言葉から天才の意味を学んでいこうと思います。


 まず、アインシュタインは天才と言われていますが、天才と言われる要素は実は数学や物理学だけだったといわれています。彼は3歳になっても言葉が話せなかったといわれています。そして語学や暗記といった勉強が非常に苦手だったそうです。しかし、数学に関しては飛びぬけた才能を持っており、9歳で既にピタゴラスの定理を知るとそれを自らの力で証明し、12歳の頃には独学で微分積分を習得したといわれています。

 そしてアインシュタインは大学受験を受けるんですが、結果は不合格でした。しかし、数学と物理の試験の点数が一番上だったため、特別に大学に入学することが出来たといわれています。


 上の名言が彼が天才と言われるようになってから言った言葉かどうかはわかりませんが、仮にアインシュタインが天才と呼ばれるようになってからこの言葉を言ったとするなら、恐らくアインシュタインは天才の基準を知っていたんだと思ます。

 要はアインシュタインは「自分の限界を十分に理解していた」と思われるんです。「天才には限度がある」というのは「天才は自分の限界を理解したうえで才能を発揮する」ということなんだと思います。

 彼は数学や物理に関してはとびぬけた才能を持っている一方でそれ以外のことは人よりも苦手という事を知っていたんだと思います。アインシュタインは自分の得意なことで才能を輝かせたということです。

 あくまでそうじゃないかという憶測ですが、アインシュタインはその生い立ちから発達障害だったのではないかと言われています。発達障害を持つ人の大半はある一つの分野に関してはとびぬけた才能を持つ一方で、それ以外は普通の人よりも上手くできないという特徴があるそうですが、アインシュタインはまさにそれにあてはまります。

 

 タレントの栗原類さんも発達障害であるゆえに、テレビなどに出演する際は関係者に「自分にはこういう特徴があるからそのことを配慮してほしい。」とお願いして、自分に無理をしないようにタレントとして活躍しているそうです。


 「自分の限界を十分に理解して、その範囲内でベストを尽くす。」という栗原類さんの考え方はアインシュタインの言葉から捉えると、天才といえます。栗原類さんは自分の限度を知っているから、その限界を超えないように周りの人たちからのモニタリングもしてもらいながらタレントや俳優の活動をしているそうです。


 では、僕はどうなのかというと、僕はどっちかっていうと愚者のほうにあてはまります。僕は自分の限界を理解していないんです。常に「やってみなきゃわからない」という考え方を持っているからです。そのせいで自分の限界を超えてしまって失敗することは多々あります。でも失敗したことによって自分の限界を理解して、そのうえで再び挑戦してみるの繰り返しを行っています。

 もし、このアインシュタインの言葉が事実なら、僕は出来る限り愚者のままでいたいです。自分に限界を作りたくないというのが僕の思いです。それで失敗してもじぶんの責任であることは重々承知してます。