人から愛される存在になるためのステップは3つ。
STEP1:自分がされて嫌なことは、他人にはしない。
STEP2:自分がしてほしいことは、できるだけ他人にしてあげる。
STEP3:自分はされても平気だけど、他人はされると嫌なことを理解する読解力を持つ。
上記の言葉はタレントの栗原類さんのある記事でのインタビューの発言を僕なりに簡素にまとめたものです。
以前も何度か栗原類さんに関する文章を掲載しましたが、今回はより深く考察してみようと思います。
まず理解してほしいのは、僕みたいな発達障害を持っている人の大半の症状に「相手の気持ちを理解しにくい」というものがあるということです。
栗原さんも同様に子供の頃は相手の気持ちを理解できないことがあったそうです。
上のステップ1と2はよく学校や家庭で先生や親がよく言って教えてくれる事ですが、それで他人に迷惑をかけない人になれるかというと、この2つだけでは不十分というのが僕の見解です。
極端な話、社会生活に苦しんだり、自分が嫌になって刑務所に入りたいと思ってたり、更に深刻なのが自分が死刑になるために殺人などの重犯罪を犯した人間にこれを言っても理解してくれないどころか、ステップ2のせいで勘違いして、彼らの犯罪を正当化してしまう事だってあり得ます。
僕の経験やそういった事件を見て解ったのがステップ1と2だけでなく、いかに最後のステップ3が重要かという事です。
以前の記事で書いた僕がPixivで起こしたトラブルはこのステップ3の読解力、要するに相手の気持ちを理解する能力が無いに等しかったことが原因だと今になってわかりました。
他の栗原類さんのインタビュー記事でもこの「読解力」というワードは頻繁に出てきています。栗原さんのようにお芝居をメインの仕事にする俳優という仕事をするうえでこの読解力はとても大切になってきます。俳優と言う仕事以外にも社会生活を送る人全員にとって人間関係は避けて通れない課題です。それを良いものにするためにこの読解力があるかないかは重要です。
しかし、冒頭で言ったように発達障害を持つ人にとって「相手の気持ちを理解しろ」という言葉は、極端に言ってしまうと足の不自由な身体障害者に「自力で歩け」と言っていることとほぼ同じです。
でも、栗原さんはどのくらいかはわかりませんが、俳優として活躍している現在を見ると、ある程度必要な読解力を身に着けていると思われます。
その理由ですが、やっぱり栗原さんの一番の理解者である彼のお母さんの存在が大きいと思います。栗原さんのお母さんは彼の発達障害を十分に理解しているんですね。だから、少しずつ社会に出ても困らないように色々な工夫をして彼に必要なものを教え続けてきたんです。その中で栗原さんが読解力を身につけたきっかけは、恐らくコメディ映画やドラマ等のお芝居を鑑賞したことでしょう。栗原さんのお母さんはそれらをビデオで鑑賞する際にある場面で一旦停止して「いま、この人はこういう気持ちでこういうことなんだよ」といったように、一つずつ説明してあげていたそうです。そのおかげで栗原さんは相手の気持ちを読み解く力、読解力を身につけただけでなく、演じることの楽しさも理解して、それからお芝居の道を切り開き、自分の輝ける場所を見つけ出したのです。
では、僕はどうなのかというと、実を言うと僕はドラマや映画といったお芝居があまり好きではないので殆ど見ることがないんです。どうしてもドラマに嫌悪感を抱いているんですよね。僕のこれからの課題はどうやって栗原さんの方法以外でこの読解力をみにつけるかなんです。
「未来のヒント、それは時として過去にあり。」
この言葉は僕が信じている理論です。よく人は過去にばかりとらわれてはいけないと言いますが、一度立ち止まって今までの経験を振り返ってみると、未来につながるヒントを得られると思うんです。
僕にとって読解力を得る未来のヒントとなる過去があるとするなら、可能性になりそうな過去の経験があります。
それは、短大時代に学んだデザインやイラストレーション、漫画の勉強だと思うんです。
デザイナー、イラストレーター、そして漫画家のクリエイトするものは普通の芸術創作とは違って、いかに多くの人の目に印象を残せるか、いわゆるマーケティングが重要な要素になってくるんですよね。マーケティングとはターゲットになる人々をいかに引き付けるかという相手の気持ちを読み解くことだと思ったんです。これこそまさに相手の気持ちを理解してあげる読解力だと思ったんです。
栗原さんは自分の発達障害との向き合い方に「無理をしない」「楽しいことを目標にする」という2つのポイントをNHKの番組で話していました。確かに、僕にとってデザインやイラストの勉強は楽しかったものでした。今は全く別の仕事に就いてますが、イラストはまだ落書き程度のものになりましたが続けています。まだ、読解力を手に入れて、人に愛される存在になれる可能性は僕にはまだある、そう信じてます。いつかね。
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